『少年時代』 井上陽水が懐古する忌野清志郎のエピソード。

今年行われている井上陽水『氷の世界ツアー2014』で、先日9/15に僕が住む名古屋にもやってきました。
僕の周りでも行っている人がちらほら。
演奏は勿論、トークも良かったみたいで、1970年代、井上陽水の家に忌野清志郎が遊びに来て、どちらもまだ売れてなく二人でカレーを作って食べ、電気炬燵に足をつっこんで二人で曲を作ったそうです。
 
アルバム『氷の世界』には入っていない曲ですが、夏も終わりということで『少年時代』について書こうと思います。
(そもそもこの曲は1990年に発売されていますし、昭和歌謡ではないですが・・・)
学校の音楽の教科書にも載っている名曲です。
井上陽水のことをそんなに知らなくてもこの曲は誰でも知っていることでしょう。
 

 
この曲についてよく話題になるのが、その歌詞です。
井上陽水はよく自分のオリジナルの言葉を作ります。
ド頭の歌いだし「夏は過ぎ、風あざみ」で既に陽水の造語が使われています。
「夏が過ぎ、あざみが風に揺れている」という様子を「風あざみ」という言葉を作ってそこに意味を集約させているのです。
普通、こんな発想は思いつきません。
歌詞を作るときは誰でも自分のボキャブラリーの中から言葉を選んで作るんだと思いますけど、陽水の場合は自分で言葉を作ってしまうのです。
僕もバンドで作詞をしていまして、僕が歌詞を作る上で一番に考えることは語呂なのですが、自分が思い浮かべるイメージをリズムやメロディに乗せようと思うとどうしても言葉を変えなくてはいけなかったり、逆にそのメロディやリズムに合う言葉があればそれに変えて意味自体を変えたりもします。
自分のオリジナルの言葉で表現することはなかなか難しいことだと思います。
そこで不思議なのが、陽水が作った造語からはちゃんと意味と言うかイメージが伝わってくるところです。
「風あざみ」「宵かがり」「夢花火」どれをとっても造語なのに分かりやすいのです。
そういう何と言えば良いのでしょうか、もうセンスがずば抜けているのです。
多分ですが、陽水は歌詞の意味や内容よりも、イメージや響きの方を大切にしているのでしょう。
僕は井上陽水のそういうところが好きです。
 

 
興味深いことに、今回のライブのMCでも出てきた忌野清志郎がこの曲をカバーしています。
清志郎の方は、レゲエっぽいような南国っぽいような曲調になっており、ところどころコードやメロディも変えてあります。
実を言うと僕は最初、井上陽水の元曲ではそんなに取り立てて良い曲だなって思わなかってはいなかったのです。
しかしある日、こっちの清志郎バージョンを聞いてこの曲の良さに気付きました。
正直な話、この曲に関しては今でも清志郎バージョンの方が好きだったりします。
そしてこの映像には井上陽水がMCで話していたエピソードを清志郎が語っています。(それにしても何故、丹下左膳の格好なんだ・・・?)
きっとその日は、二人にとって印象的な思い出なのでしょう。
 
清志郎はもう亡くなってしまいましたが、陽水には長生きしてほしいです。

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