“歌う”とはこういうこと・・・ 尾崎紀世彦 『ゴッドファーザー ~愛のテーマ~』

スタッフの水野です。
一応僕はバンドで歌をやっておりまして、もうすぐアコースティックセットとして(といってもラテンギターと歌だけのシンプルなものですが)ライブがあり、最近歌というか声の出し方みたいなものを見つめなおしています。
といっても元々僕は歌が上手い人というわけではないので、練習しているだけなのですが、そこでとりあえず歌の上手い人の歌い方を研究しようと思いまして、尾崎紀世彦が思いつきました。
しかし、まあ尾崎紀世彦のように歌うことは到底出来ません・・・
 
で、今日は尾崎紀世彦についてちょっと書こうと思います。
『また会う日まで』や『さよならをもう一度』、『かがやける愛の日に』など有名な曲がありますが、彼の歌っている曲の中で一番好きなのは『ゴッドファーザー ~愛のテーマ~』です。
 

 
もともと映画のゴッドファーザーが好きで、原曲が好きなのですが、この尾崎紀世彦バージョンがすごく素晴らしいです。
まず、尾崎紀世彦の顔がゴッドファーザーな顔なのです。
今まで知らなかったのですが、彼は父方の祖父がイギリスと日本のクォーターで、少し白人の血が入っているようです。
どうりで堀が深い顔だと思いました。あんなもみあげも髭もなかなか生えないでしょう。
渋い。渋すぎる。年を重ねれば重ねるほどかっこよくなるタイプだ。
僕は生まれ変わるとしたらああいう顔になりたいです。
 
ドラマティックなイントロが始まった瞬間、その壮絶なゴッドファーザーの物語が思い浮かびますが、尾崎紀世彦は決してそれに恥じないのです。
スポットライターが当たった瞬間、浮かび上がるドラマティックな”顔”。
マーロン・ブランド演ずるドン・ヴィトー・コルレオーネさながら眉間にしわを寄せて、登場するのです。
この時点でこれは名曲です。そう、このイントロが鳴って彼が登場した瞬間にもう名曲なのです。
そして、彼が静かに、決して大げさではなく、歌い始める。
とてつもなく力強いのですが、決して力んでいるわけではない。
「そう、これだ! 歌を歌うとはこういうことだ!」と思わず唸ってしまいます。
声が前に出ているのではなく、彼を中心に空間全体に広がっていく感じ。
その歌声から感じられるのはやはりゴッドファーザー感。
ヴィトー・コルレオーネの大きな懐です。
決して構えることはなく、弱くて困っている人のため、義を尽くす。
ヴィトーの、素朴な人柄、素直な優しさ、静かなる厳しさ、人並みはずれた勇気、前向きで純粋な覚悟、そして溢れる愛。
僕は尾崎紀世彦がどんな人間だったのかは知りませんが、彼の歌声からはそんなゴッドファーザー感が感じられるのです。
また、彼の表情も素晴らしいです。
険しい表情をしていますが、どこか優しさが感じられるでしょう。 
彼は身長168くらいと決して大きくはないのですが、とてつもなく大きく感じられます。
 
ほとんど、ゴッドファーザー・ドン・コルレオーネのイメージからきた僕の空想でしかありませんが、そう感じさせる彼は素晴らしいです。
 
残念ながら彼は二年前、2012年5月30日に亡くなられました。
その時、僕は彼に関しては「歌がむちゃくちゃ上手いおじいさん」程度にしか思っていなかったのですが、何かとてつもない人が亡くなったんだろうな、という感想はありました。
今もそう思います。
彼に憧れること自体無謀ですが、歌を歌う男にとって、彼は憧れるべき人物だと思います。
 
「素晴らしい」という言葉が似合うのが素晴らしい。それが尾崎紀世彦。
 

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