週刊プレイボーイで昭和アイドルを振返る2“1968年” 昭和アイドル雑誌高価買取中

週刊プレイボーイは1968年になっても表紙は女性のヌードを動物に模するという作品。
この頃はモダンということだったのでしょうか。
今見ると、少し滑稽にも思えます。

1968年2号では松原智恵子のピンナップがついた

1968年、まだまだ、なかなか、アイドルたちは週刊プレイボーイに登場してきません。
米国プレイボーイから権利を買ったような外国人女優のグラビアが大半を占めていました。

しかし、予算の関係なのか、時々、アイドルが登場。
今の時代のお宝になっています。

1968年2号では松原智恵子の綴込みピンナップが掲載。話題になりました。
残念ながら画像がありません。

13号では園まりの水着グラビアが掲載されています。
園まりは中尾ミエ、伊東ゆかりとスパーク3人娘を結成。「シャボン玉ホリデー」などで活躍。
紅白歌合戦には1963年から1968年まで出演。
ブロマイドの売上は1966年、1967年と2年連続で1位だったそうです。

園まりの歌い方は独特で、その後、モノマネ番組のネタになっていたのを覚えています。

週刊プレイボーイ1968年13号 週刊プレイボーイ1968年 園まり

32号ではボンドガール浜美枝がグラビア登場!

浜美枝はバスガールとして就職したものの、そのプロポーションの良さが映画会社の目に止まり、芸能界入。
浜美枝、星由里子、田村奈巳の3人で「東宝スリーペット」として売りだされました。
1962年「キングコング対ゴジラ」に出演。
007のスタッフが「キングコング対ゴジラ」を見ていたことから、「007は二度死ぬ」でボンドガールを演じます。
「007は二度死ぬ」は1967年の公開ですので、このグラビアは一年後ということになりますね。
撮影は細江英公が行っています。

週刊プレイボーイ1968年32号 週刊プレイボーイ1968年32号 浜美枝グラビア

ところで、星瞬堂では昭和アイドルを専門に扱っていますが、このアイドルとは何か?と訊かれると返答に困ります。
そもそもアイドルIdolは本来の意味は偶像です。
ですので、アイドルは崇拝や信仰を可視化したものですので、現在日本で使われているアイドルとはかなり違います。
しかし、アメリカでは1920年代後半に若い歌手をアイドルと表現しだしたそうで、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリーもアイドルと言われたこともあるようです。

昭和30年代は、日本では外国人タレントのことをアイドル、日本の芸能人のことはスター。吉永小百合などは青春スターと区別して呼んでいました。

1966年にビートルズが来日。その後、沢田研二ボーカルのザ・タイガース、萩原健一ボーカルのザ・テンプターズ、堺正章・井上順ボーカルのザ・スパイダースなどが活躍したグループサウンズブームが起き、彼らのこともアイドルと呼ばれるようになり、1970年代では意味合いがまた少し変わり、身近で可愛らしい存在をアイドルになり、現在に至っているとのことです。
そういう意味で、1968年のアイドルはまだいないといってもいいですね。

吉永小百合は当時、どういった存在だったのでしょうか。
もし詳しい方がいれば教えていただきたいものです。

次の記事はこちらです。
週刊プレイボーイで昭和アイドルを振り返る3 1968年

星瞬堂では昭和アイドルコレクションを買取しています!

さて、昭和アイドルを愛する星瞬堂(せいしゅんどう)では、皆さまの昭和アイドルのコレクションを買取しています。
週刊プレイボーイなど雑誌、写真集、書籍、カレンダー、ポスター、グッズ、パンフレットなど昭和アイドルに関するコレクションをご整理の時にはぜひ、一度ご連絡ください。

無料査定・お問い合わせはこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ページトップへ