週刊プレイボーイで昭和アイドルを振返る3“1969年” 昭和アイドル雑誌高価買取中

1968年の週刊プレイボーイの表紙は横山明のイラスト

1966年に創刊された週刊プレイボーイは、1966年、1967年は女性の裸を衣装などで動物に模する作品が表紙を飾っていました。
しかし、ネタ切れとなったのか、1968年からは横山明のイラストになっています。

週刊プレイボーイ1969年2号

この2号のグラビアには、この時代、フランスを代表する女優ミレーユ・ダルクのヌードが登場。
この頃、ミレーユ・ダルクが主演した映画「恋するガリア」から、やせっぽちのくせに妙にセッスクアピールが強い女性のことをガリアンヌと言ったそうです。

週刊プレイボーイ1969年 ミレーユ・ダルク

この2号では篠山紀信が撮影した寺山修司主宰の劇団天井桟敷のモノクログラビアが掲載されています。

6号ではいしだあゆみが3ページグラビア

いしだあゆみは1968年発売した「ブルーライトヨコハマ」が1969年になって大ヒット。150万枚のセールスとなりました。

4人姉妹でいしだあゆみは次女。
長女はフィギュアスケートでグルノーブルオリンピック出場。
本人もフィギュアスケート選手で、映画「時計」ではスケート姿を披露していますね。

週刊プレイボーイ1969年6号 週刊プレイボーイ1969年 いしだあゆみ

9号では杉本エマがグラビア登場!

杉本エマはこの頃、大人気のモデルで、数々のコマーシャルなどに出演しています。
顔立ち、名前からしてもハーフなのでしょうか。
資料がなくわかりません。
日本人離れした顔立ち、スタイルは、まだまだ欧米にコンプレックスがあったこの時代にあったモデルだったのでしょうか。

週刊プレイボーイ1968年11号

18号では黛ジュンが口絵に 21号では奥村チヨ、奈美悦子がグラビア

1968年も春頃になると、週刊プレイボーイのグラビアは以前のような本番米国のプレイボーイから転用したようなものではなく、日本オリジナルのものだけになっていきます。
中綴じにプレイメイトは掲載されているものの、巻頭は日本人スターが続きます。

18号では黛ジュンの口絵が掲載。

黛ジュンは1968年にリリースした「天使の誘惑」が大ヒット。1968年のレコード大賞を受賞しています。
実兄は数々のヒット曲を作曲した三木たかしです。
「天使の誘惑」はなかにし礼の作詞作曲ですね。

左のグラビアに掲載されているのは桑原幸子になります。

週刊プレイボーイ1969年18号 週刊プレイボーイ1968年 黛ジュン 桑原幸子

21号にグラビアに登場したのは奥村チヨと奈美悦子です。
奥村チヨは、黛ジュン、小川知子と東芝3人娘と呼ばれていました。

奈美悦子は西野バレエ団出身。
スピード、安室奈美恵、マックスなどを排出した1990年代の沖縄アクターズスクールのように、1960年代は西野バレエ団からたくさんの芸能人が生まれました。
奈美悦子もその一人。他には金井克子、由美かおる、岸ユキ、麻田ルミなどがいます。

週刊プレイボーイ1969年21号

週刊プレイボーイ1969年 奥村チヨ 週刊プレイボーイ1969年 奈美悦子

22号は倍賞美津子が7ページ

奈美悦子が西野バレエ団出身ならば、倍賞美津子は松竹歌劇団の出身。
松竹歌劇団は大正から昭和初期にかけて隆盛を極めた日本独特の舞台、少女歌劇団の劇団のひとつです。
西の宝塚、東の松竹と言われ、浅草の国際劇場を本拠地として、ラインダンスなどを売り物として人気を得ていました。
宝塚と違ってセクシーよりだったようです。
実姉の倍賞千恵子も松竹歌劇団に所属していました。
倍賞美津子は、最近ではドラマ「半沢直樹」の池島ホテルの専務として出演。元気な姿を見せてくれていましたね。

週刊プレイボーイ1969年22号 週刊プレイボーイ1969年 倍賞美津子

まだまだ書き足らないことがありますが、長くなりましたので、また次の機会に。

次の記事はこちらです。
週刊プレイボーイで昭和アイドルを振り返る4 1970年

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