週刊プレイボーイで昭和アイドルを振返る7“1973年” 昭和アイドル雑誌高価買取中

1966年、集英社より創刊された週刊プレイボーイは、
当初、アメリカのplayboyから記事やグラビアを譲り受けて紙面作成。

しかし、1970年代に入り、南沙織、天地真理、麻丘めぐみらのアイドルのデビューとともに、
現在まで続く週刊プレイボーイのスタイルになってきました。

1973年4号週刊プレイボーイ表紙はレコード大賞歌手ちあきなおみ

ちあきなおみは、前年1972年の9月にリリースした「喝采」が大ヒット。
年末のレコード大賞を受賞しています。

この曲を聞くと、映画を一本見たような気がしますね。
当時も新鮮で「ドラマチック歌謡」と呼ばれたそうです。

1972年のレコード大賞は、小柳ルミ子が歌った「瀬戸の花嫁」が対抗馬。
最終的にちあきなおみの「喝采」が追い抜く形になったそうです。

しかし、1972年の一番のヒット曲は、ぴんからトリオの「女のみち」。
セールスでは、「喝采」よりも3倍位上「女のみち」が凄かったですが、
売れたからレコード大賞とはならなかったようですね。

週刊プレイボーイ1973年4号 ちあきなおみ表紙

桜田淳子が表紙! 1973年14号の週刊プレイボーイ

1971年10月、日本テレビで開始された「スター誕生!」は、1970年代、その番組の名前の通り、たくさんのスターを誕生させました。
第一号は森昌子。
第二号と言えるのが桜田淳子です。
桜田淳子は1972年9月17日放送の決勝大会に進出。
サンミュージックにスカウトされ、約半年後の1973年2月25日「天使で夢見る」でデビューしました。

こちらはデビューして一ヶ月ほどした頃に発売された週刊プレイボーイということになりますね。

週刊プレイボーイ1973年14号 桜田淳子表紙

浅田美代子が表紙! 1973年16号の週刊プレイボーイ

1973年「時間ですよ」の第3シリーズのマドンナとしてデビューした浅田美代子は、たちまち人気者となります。
番組の中で歌っていた「赤い風船」をリリースするや、オリコン1位に大ヒットとなりました。

浅田美代子と言えば、元祖歌がうまくないアイドルと言ってもいいでしょう。
それまでにデビューしたアイドルは、天地真理は、国立音楽大学附属高等学校の声楽家に通っていましたし、小柳ルミ子は宝塚音楽学校の出身。麻丘めぐみは姉が歌手で遠藤実の弟子です。
南沙織は特に歌のレッスンの経験がないようですが、下手という印象はありませんね。
桜田淳子も、スター誕生というオーディョン出身で、全く下手では予選を勝ち抜いてこれなかったはずです。

歌手というのは歌がうまくなければいけない、という概念を壊したといってもいい人かもしれません。
まぁ、それまでも日本では、映画俳優が歌をうたうことが多く、中には微妙な人もいましたよね。

しかし、浅田美代子が歌った「赤い風船」は50万枚の大ヒット。
オリコン年間チャートでも10位になったにも関わらず、紅白歌合戦の出演は一度もありません。

週刊プレイボーイ1973年16 浅田美代子表紙

あべ静江が表紙! 1973年42号の週刊プレイボーイ

地元の東海ラジオで大学自体にDJをつとめ、人気に。
1973年「コーヒーショップで」デビューするとヒット。
続く「みずいろの手紙」もヒット。
あべ静江は、1974年に紅白歌合戦に出場しています。

歌手として人気が出たあべ静江ですが、その後は女優しての活躍が目立ちますね。
トラック野郎のマドンナ役が印象的です。

週刊プレイボーイ1973年42号 あべ静江

次の記事はこちらです。
週刊プレイボーイで昭和アイドルを振り返る8 1974年

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