週刊プレイボーイで昭和アイドルを振返る8“1974年” 昭和アイドル雑誌高価買取中

1966年、集英社から創刊された週刊プレイボーイは2013年の現在まで続く、アイドルのグラビアが満載の若者雑誌です。

1960年代はそもそも日本にアイドルという概念がなかった為、あまりグラビアも少なく、あっても外国人女優や、アート写真がほとんどをしめていました。

しかし、1970年代に入り、南沙織、天地真理、桜田淳子などと、アイドルが日本にも誕生。

週刊プレイボーイの表紙、グラビアもアイドルたちが飾り始めました。

1974年、週刊プレイボーイの表紙が昔に戻る!

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイ1974年表紙 週刊プレイボーイ1974年表紙

週刊プレイボーイは1966年創刊2号から1968年頃まで、女性の裸体に物などを加え、動物などに見えるようにするという作品を表紙にしていました。
今となっては、女性蔑視と問題になってしまうような内容ですね。

1969年、1970年は横山明の女性画。
1970年後半からは、現在の週刊プレイボーイと同じく女性タレントが表紙となりました。

が、しかし、1974年前半は、1960年代のような、女性の裸体を動物に見えるようにするという作品に逆戻り。
動物もありますが、ギターや大砲、拳銃などのモノに見えるようにしたものが多いですね。

7月になるとまた、女性タレントが表紙になり、それ以降は女性タレントが現在まで続いています。

アイドルカレンダー1974年のトップは関根恵子

週刊プレイボーイ1974年1号の口絵は、アイドルカレンダーです。
1ページずつが一ヶ月ごとのカレンダーになっていて、机などの前に貼って楽しめるようになっています。

ご覧ください。
1960年代に日本にはまだ定着してなかったと言われるアイドルという言葉が、ここではタイトルになっています。

週刊プレイボーイ1974年 関根恵子

ちなみに2月以降は、夏木マリ、高沢順子、石田なおみ、栗田ひろみ、エルザ、シャーリー、由美かおる、桃井かおり、山川レイカ、安西マリア、風吹ジュン。
既にデビューしている桜田淳子、南沙織、天地真理、小柳ルミ子、浅田美代子などの名前がないのが不思議です。

メンバーを見ると、セクシーな女性のことをアイドルと呼んでいたのかもと思えます。

3号グラビアはジャネット・リンと村地弘美

1972年札幌オリンピックのフィギュアスケートで銅メダルを獲得。
尻もちをついても笑顔で演技を続け、人気者になったジャネット・リンが1974年3号の週刊プレイボーイのグラビアに登場しています。
ジャネット・リンは札幌オリンピックでは銅メダルでしたが、芸術点では満点の6.0を出すような実力者。
翌年の世界プロフィギュア選手権で優勝もしています。

ジャネット・リン 週刊プレイボーイ1974年

村地弘美 週刊プレイボーイ1974年

また同じ3号には村地弘美もグラビアに登場。
村地弘美といえば、少し気の小さな男の子が、「龍角散トローチをあげて・・・と日記には書いておこうというコマーシャルで人気。
清楚なセーラー服姿がとても似合う女優さんでした。

桃井かおりの乳房を萩原健一が握りしめる

74年の週刊プレイボーイ24号では映画「青春の蹉跌」のワンシーンから、裸の桃井かおりの乳房を萩原健一が後ろから握りしめるという刺激的なカットが掲載。
桃井かおりがはじめて主演をつとめたのは1971年の映画「あらかじめ失われた恋人たちよ」。
この映画の監督は田原総一朗。
しかし、実際はお金を出すプロデューサー的な存在で、映画は撮ってない。というか撮らせてもらえなかったそうです。
相手役はカメラマン加納典明でした。

桃井かおり 萩原健一 週刊プレイボーイ1974年

再び表紙は女性アイドルに! 安西マリア、由美かおる

1974年7月16日25号からは再び、表紙は女性アイドルに変更。

25号は安西マリア、26号は由美かおると、1974年当時、セックスシンボルとして活躍した女優たちでした。

安西マリアは1973年デビュー。レコード大賞新人賞を受賞しています。
この年の他の新人賞は桜田淳子、アグネスチャン、あべ静江、浅田美代子。
みんな、今でも名前を聞けば歌が思い出される人ばかりですね。

由美かおるは西野バレエ団出身。
1973年に公開された映画「同棲時代」「しなの川」のオールヌード姿が話題になりました。

安西マリア 週刊プレイボーイ1974年 由美かおる 週刊プレイボーイ1974年

1974年後半の週刊プレイボーイ表紙は水着オンパレード

25号の安西マリアで再び女性タレントを表紙にした週刊プレイボーイですが、その後の表紙に登場する女性タレントは水着姿ばかり。
これが成功法則だと言わんばかりです。

画像がある限り紹介しましょう。

27号は純アリス。

純アリス 週刊プレイボーイ1974年

28号は森田日記。

森田日記  週刊プレイボーイ1974年

29号は夏木マリ。

夏木マリ  週刊プレイボーイ1974年

30号はアンルイス。

IMG_3962

31号は高沢順子。

高沢順子  週刊プレイボーイ1974年

32号は・・・不明。

IMG_3968

33号は園まり。

園まり  週刊プレイボーイ1974年

34号はまさかのテレサ・テン。

テレサ・テン  週刊プレイボーイ1974年

36号はシェリー。

シェリー  週刊プレイボーイ1974年

37号は金井克子。

金井克子 週刊プレイボーイ1974年

38号は朝加真由美。

朝加真由美 週刊プレイボーイ1974年

30号グラビアに山口百恵水着姿

1972年「スター誕生」に出演。スカウトされた山口百恵は、1973年5月「としごろ」でデビュー。
1974年の暮れ。12月28日公開の映画「潮騒」で初主演。三浦友和と共演しています。

山口百恵のデビュー曲「としごろ」に続く歌は「青い果実」。

あなたが望むならば
私、
何をされてもいいわ

で歌い出されます。

山本リンダが1972年「どうにもとまらない」、1973年「狙いうち」。
夏木マリは1973年「絹の靴下」というヒット曲を出しているように、
この時代にはセクシー路線の歌謡曲というものがありましたが、山口百恵の場合はまだ14才。
ルックスも純朴。
そのギャップが魅力でもありました。

山口百恵水着 週刊プレイボーイ1974年

32号では桜田淳子が水着を披露

1974年32号の週刊プレイボーイでは、山口百恵、森昌子と花の中三トリオを組んでいた桜田淳子が水着姿で登場しています。
1973年2月にデビューした桜田淳子は、1974年「三色すみれ」「黄色いリボン」「花占い」「はじめての出来事」の4曲をリリース。
すべて1970年代を代表するヒットメーカー阿久悠が作詞。
山口百恵には阿久悠は生涯一曲も作詞していないという話も有名ですね。

桜田淳子 週刊プレイボーイ1974年

次の記事はこちらです。
週刊プレイボーイで昭和アイドルを振り返る9 1974年

さて、お知らせです。

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