週刊明星昭和50年9号(浅丘ルリ子・藤岡弘表紙)によると、
桜田淳子さん(当時16歳)が姉の痴漢襲撃事件のとんだ後遺症に悩まされているとのこと。
事件の発端は昭和50年2月5日の深夜
姉の恭子さん(当時23歳)が、夜遅く帰宅する淳子さんの為にジュースを買っておこうと、外にある自動販売機まで行き、マンションへ戻ってエレベーターに乗ると、先に乗っていた白いマスクの男がいきなりナイフを突きつけた。
「おれのいう通りにしろ!」
男の言うまま恭子さんは屋上へ。
男はナイフを構えながら、いたずらをしかけたが、気丈な恭子さんは、
「私にもしも変なことをしたら、ここから下へ飛び降りて死ぬわよ」
と逆襲。
これで弱気になった暴漢は何もせずに逃げ出してしまったのだとか。
その後、警察によって男は逮捕。
無事解決となったのだが、問題は桜田淳子さんの住まいがばれてしまったこと。
連日ファンがマンションで待ちぶせ、また自分自身にも同じような事件が起きるのではないか、他の住人の方に迷惑がかかると悩んでいるというのだ。
当時はオートロックのマンションというのがそもそも存在せず、出入りは自由。
この事件によって、マンションの入り口に夜は鍵をかけることになったとか。
それでも毎日、帰宅するときは、横の部屋に住む隣室に住むプロダクションの社員に電話をかけ、状況を確認してから帰宅したのだか。
この頃のアイドル雑誌を見ると、結構、アイドルの自宅の住所が平気で掲載されていて驚かされますが、やはりこういった事件が起きていたんですね。